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2011'11.07.Mon

【掌編小説】職人


 








職人










私が塗装工として働き始めたのは、生ぬるい腐ったような風の吹く四月の初旬だった。
学校を中退し、ぶらぶらしていたところを、父親の知り合いが拾ってくれたのだった。
「給料は安いし、親方は怖いし、仕事はきついし、いいことなんて何にもないが、それでもいいのか」彼は笑いながらそう言った。
 私は特によく考えもせず頷いた。仕事がきつかろうが親方が怖かろうが、自分のしたことの報いだと思えば自然と腑に落ちた。
そうして次の日から、私は塗装工として働くことになった。朝家を出るとき、父親が私に向かって「しっかり見て来い」とだけ言った。妙に重みのある声で、私は神妙な顔をしながら頷いた。

それからちょうど一年が経った。
仕事も順調とまではいかないが、最初の頃に比べればミスの数は減った。親方から怒鳴られる回数も減った。しかし仕事がきついのだけは相変わらずだった。
私は仕事から帰ると、食事もとらずに真っ先に眠ることが多くなった。そして起きると外はすでに明るくなっていて、すぐに身支度をしてまた仕事に出かける。
私は日々の生活に、何かしら不満のようなものを感じていた。今の状態がずっと続くのは嫌だったが、それも漠然としか考えていなかった。週に一度、なじみの友人と遊べればそれでいいと思っていた。
私はいつもそんなすっきりしない気分のまま、会社の車に乗り込み現場に向かう。

親方から飲みに誘われたのは、八月の中旬、夏の盛りだった。
まだ空が薄明るいうちに、私たちは居酒屋に入り、座敷に座った。数分すると、他に三人ほどの職人が入ってきた。
「うわーつかれたー」
「とりあえず生5本」
「あー肩いてえ」
 彼らは口々にそう言いながら、腕を回したり腰をひねったりしていた。私は頬杖をつきながら、ビールが来るのを待った。
「ムーさん、金あるんか」
「アホ、ちゃんとあるわ」
「じゃあ今日はムーサンのおごりかな」
「いや、一万しかない」
「そんだけかい!」
 彼らはひっきりなしに笑っていた。何もかもを忘れさせる、豪快な笑い方だった。そのうち冷えたビールがテーブルの上に置かれた。
「乾杯!」
 一人の親方がそう言うと、皆グラスを高々と上げて「乾杯!」と言った。かと思うと、次の瞬間にはグラスは空になっていた。
私は彼らの酒豪ぶりに驚きながら、ちびちびとまずいビールを飲んだ。
そのうち酔いが回ってきて、頭に濃霧がたちこめているような気分になった。私はなんとなく彼らから距離を置きたくなって、トイレに入った。
便座に座り、しばらくぼーっとしていると、だんだんと不思議になってきた。
彼らは何が楽しくてあんなにも笑うのだろう。彼らは何が楽しくて毎日仕事に精を出すのだろう。
私はただ、義務感から仕事をしていた。中退した自分への罰、そういった思いで一年以上仕事を続けてきた。
しかし、彼らは何かが違う。劣等感や義務感から仕事をしているのではなさそうだった。
 私はしばらく、頭を抱えて考えた。すると濃霧を晴らすかのようにして、ある考えが浮かんだ。
彼らは、仕事が何よりも好きなのではないか。
仕事が好き。それだけで、彼らが動くには十分なのではないか。
私はすっきりした気分になって、トイレから出た。彼らは相変わらず大口を開けて笑い、ビールをそこに流し込んでいた。



職人たちは豪快です。
本当にひっきりなしに笑っています。
彼らの目は爛々として、生きた人間の目をしています。
けれどたまに、過去を思い出して悲しい顔をしたりします。

浪漫の塊です、彼らこそが。
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