FC2ブログ
--'--.--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告:  トラックバック(-)  コメント(-)
2011'06.08.Wed

堕落で下落で墜落死

私はよく、自分の中をスキャンします。
「今の自分は何かおかしくないか?」とか。
「この考えは本当に正しいのか?」とか。
時間さえあればスキャンしています。
そうしないと、不安なんです。いつおかしなことをするか分からないから。

今は友人たちと、良い感じの距離をとれています。
付き合いすぎると、あっちに引き込まれてしまうからダメ。
離れすぎると単純に疎遠になるからだめ。
「心友」とか「パートナー」とかきれいな言葉を並べるだけ並べて、いつもビッタリとくっついているような関係では、違うような気がするんです。
本当の友達っていうのは、お互いがキチンと距離を取り合って、お互いの生活になんら支障のないように気を使いあうような関係だって思うんです。

私の頭の中は、いつも『イメージ』が湧水のごとく湧き出ています。
それはデータにすれば、100000000000000000000000テラバイトはありそうなくらい。
常に常に、とどまることなくアイデアが、イメージが、湧き出ています。
これを常に作品にしていきたい。

P.S. 今日の日記はちょっと真面目すぎたああああああああああああああ
15
各人。

●記憶の跡地(15)

教室に戻るとき、私は何度か立ち止まって、自分の中を見渡す時間を作った。気分が高揚しすぎて、または鎮静しすぎて、おかしな考え方をしているのではないかと隅から隅まで疑うのだ。
そうして、何も間違ったことはないと分かると、再び歩き始める。数十歩進めば、また自分の中を見渡して確認する。
私はそうして、文章を推敲するように、自分の考えをろ過していった。どうせ話すのだから、ありきたりな言葉は使いたくない。子供たちの心をわしづかみにして、なおかつ揺さぶるような、そんな話をしたい。
教室に入ると、皆静かに思い思いの事をしていた。本を読む子、宿題を終わらせてしまう子、友達同士で何やらしゃべっている子。それに、加害者と被害者。
私はそれを見て、心の中で勝ち誇った。今から始まる私の話は、彼らの行動を根元から引っこ抜いてしまうだろうという自信があったからだ。
その子たちは、私が教室に入ってきても尚、それをやめなかった。私は少し疑問を感じたが、頭の中にあるろ過しつくされた考えが、その疑問を消した。
「えぇっと、みんな」私は教卓に両手をついて、話し始めた。
「先生、プリントは?」私の真ん前に居た子がそう聞いてきたので、私は「あれはまた今度」と言った。
「今日はいじめの話をしようと思います」私がそう言うと、子供たちはざわざわと騒ぎだした。この年齢の子供たちにとって、いじめとはタブー視されているものであり、超えてはいけない一線だとされている。しかし好奇心旺盛な子供たちは、タブーなだけにそれが前面に出てくると、身を乗り出して聞き入り、見入る。私はそんな心理を知っていた。
「いじめはいけないことだっていうのは、みんなが知ってると思う」私はそう切り出した
スポンサーサイト
【日記】トラックバック(0)  コメント(0)
Next |  Back

コメントの投稿












 管理者にだけ表示を許可

トラックバック

この記事のトラックバックURL

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。